VeChain(ヴィーチェーン)は、エンタープライズに対してブロックチェーンソリューションを提供するブロックチェーン企業です。
他のエンタープライズ向けブロックチェーンと大きく異なるのが、パブリックブロックチェーンであるVeChainThor(ヴィーチェーン・ソー)を活用している点です。VeChainThor上では、暗号資産のVETとVTHOが発行されており、暗号資産のコア層にもよく知られています。
今回は、VeChainの日本コミュニティマネージャーであるJoy Zhang氏に、エンタープライズ領域でパブリックブロックチェーンを活用するために同社が独自に行っている取り組みについて伺いました(2020年7月)。
「VeChain」という言葉は、VeChainが開発するパブリックブロックチェーンに対しても使われることがありますが、本記事では、「VeChain」は企業名、「VeChainThor」はVeChainが開発したブロックチェーンを指すものとして用語を整理します。
本編は、前後編に分かれています。前編ではVeChainという会社について、エンタープライズ向けパブリックブロックチェーンであるVeChainThorについて訊いていきます。
VeChainの企業紹介
加藤:まずVeChainについてご紹介願います。どのような活動をしている会社になりますか?
Joy:VeChainの立ち上げは2015年です。当時は、ブロックチェーンで何かできないのかというきっかけで立ち上がりました。VeChain自体の正式な設立は2017年になります。
VeChainのCEOはSunny Luです。Sunnyは、もともとLouis Vuitton ChinaのCIOとして働いていました。中国では偽物が横行していて、ブロックチェーンで何かできないかなと考え、VeChainを立ち上げるに至りました。
現在は、VeChainの本社は上海にあり、財団はシンガポールにあります。その他、日本、フランス、米国にも拠点があり、ビジネスをグローバルに展開しています。
VeChainは、2018年にブロックチェーンのVeChainThorのメインネットをリリースし、ちょうど2年が経ちました。現在は、100人の従業員を抱え、およそ半分がエンジニアで構成されています。また、経営層は会計事務所や投資銀行出身の人で構成されています。
加藤:VeChainは現在、主にどのような活動をしていますか?
Joy:私たちはブロックチェーンを活用したビジネスを行っており、主にBaaS(Blockchain as a Service)プロダクトを開発しています。主要製品としては、「ToolChain」というプロダクトがあります。
ビジネスでブロックチェーンを使いたいという人はいますが、ビジネスとブロックチェーンの間には大きな隔たりがあります。ToolChainはこれを埋めるために開発されました。
加藤:ビジネスのアプリケーションとブロックチェーンの間に位置するミドルウェアを作っているということでしょうか?
Joy:はい、ミドルウェアになります。私たちは、他のブロックチェーンプロジェクトと異なったアプローチをしています。他では、他はDAppsを開発したり、ブロックチェーンを進化させていくことをしています。
一方で、VeChainでは「企業のビジネスの中に足りないものは何か?」「企業がブロックチェーンを活かして何ができるのか?」ということについて取り組んでいます。私たちはバリュー志向のアプローチをしています。すべては、ブロックチェーンを実際のビジネスに適用するための活動です。
加藤:なるほど、DAppsを増やしていくのではなく、実際のビジネスへの適用に焦点を当てているのですね。
Joy:はい、VeChainでは、先程述べたToolChainというプロダクトを通じて実際のビジネスへとつなげていきます。
また、VeChainのVETコミュニティは非常に活発で、グローバルコミュニティ(英語)のTelegramには24,000人も参加しています。
加藤:それはすごいですね。いまTwitterを見てみると、12万人もフォロワーがいますね。
Joy:そうですね。コミュニティの規模感の実態は実際にコミュニケーションを取り合っているTelegramのほうがTwitterよりも近いと思っています。日本のTelegramには1,080人参加しています。コミュニティでは、ウォレットやDApps開発のサポートをしています。
加藤:他のプロジェクトでは、DAppsを自らリリースするところが多いですが、VeChainではそれはやらないということなのでしょうか?
Joy:基本的にはやりません。あくまでも、私たちは実際のビジネスへのブロックチェーンの適用に取り組んでいます。
企業にパブリックブロックチェーンを導入しやすくするためのプロダクト
加藤:VeChainは、パブリックブロックチェーンを企業のビジネスに取り込む活動をしていますが、そのようなブロックチェーンのプロジェクトは現状多くはありません。主流はコンソーシアムチェーンです。
企業にパブリックブロックチェーンを採用してもらうために、VeChainでは具体的にどのような工夫をしているのでしょうか?
パブリックブロックチェーン VeChainThor:
Joy:VeChainThorは、パブリックブロックチェーンでありながら、企業に使ってもらうための仕組みを用意しています。それは、トークンの仕組みであったり、ブロックチェーンを導入しやすくするための工夫です。
まず、VeChainThorではPoA(Proof of Authority)というコンセンサスアルゴリズムを採用しています。PoAを管理している101のマスターノードには、厳しいKYCを課しています(筆者注:KYC:Know Your Customerの略で、本人確認を指します。)。
ビットコインのように単にマイニングに参加すればよいというわけではなく、VeChainThor のエコシステムに貢献してもらうための基準があります。
このような基準を設けているのは、企業に安心して使ってもらうためです。企業から見ると、よくわからない人がエコシステムに参加しているブロックチェーンだと、不正のリスクがつきまとうからです。VeChainはこの点をクリアにして、きちんとした組織をマスターノードに加えるようにしています。
2つ目は、ブロックチェーンの重要事項を決めるための投票の仕組みです。VeChainThorでは、運営委員会を設けています。投票は、運営委員会に委任するような形にしていて、ガバナンスの効率を上げています。運営委員会のメンバーは公開されていて、定期的に協議を行っています。
これらの点はよく中央集権的であると批判されるのですが、私たちは今の段階では企業がブロックチェーンを導入してもらうための効率が重要だと考えているため、PoAと運営委員会を取り入れています。
加藤:確かにブロックチェーンの非中央集権性を重視する人たちからは、反発されそうですが、アプローチとしては現実的ですね。ブロックチェーンが安心して使える環境が整っているということを企業にアピールして、使ってもらうようにするわけですね。
Joy:そうですね。あとはトークンの仕組みになります。VeChainThorでは、VETとVTHOのデュアルトークンモデルを採用しています。
加藤:パブリックブロックチェーンの中でこのモデルを採用するところは珍しいですね。私の知っている限りでは、他にデュアルトークンモデルを採用しているのはNEOとOntologyくらいでしょうか。
Joy:はい、あまりないですね。VeChainThorでは、VETは決済で利用します。VTHOはGAS(筆者注:取引手数料のこと)になります。
なぜこのような仕組みがあるかというと、イーサリアムの場合はETHでGASを払いますが、ETHの価格変動が大きいので企業が導入する際にリスクがコントロールできない部分になります。このようなことは、企業がブロックチェーンを使いたがらない要因になります。
そこで、VeChainThorでは、VETとVTHOを分けることで、できるだけ価格変動のリスクを抑えるようになっています。実際に、VTHOは価格は比較的安定しています。
また、VETをそのまま保有していれば、プロトコルにより一定数量のVTHOが自動で配布されるようになっています。そのため、企業がある程度VTHOが欲しければ、VETをそのまま保有する選択肢があり、VTHOの価格変動リスクを避けることができます。
続いて、MPPという仕組みです。Multiple Payment Protocolの略で、これはVeChainThorの強みです。特に中小企業にとってはメリットがあります。
自社でトークンを保有するのが怖い、リスクが高いと感じている企業は、MPPを使うことでその問題を解決することができます。
MPPでは、VETやVTHOのリスクをVeChain側で引き受けます。企業はVeChainに法定通貨を事前に支払うことで、その分だけトランザクションが利用できるようになります。企業はトークンを持たなくてもリスクを下げることができます。
加藤:トランザクション回数をプリベイトするイメージなのですね。
Joy:そうです。これは、一般ユーザーにメリットがあるものです。一般ユーザーはブロックチェーンについてわからないので、無理やりトークンを保有してもらうのは敷居が高いことです。
VeChainThorを使っている企業が、一般ユーザーのトランザクションを代払いすることにより、ユーザーはVeChainのソリューションを使うことができるようになります。
このような仕組みがあると、ブロックチェーンを扱うことが困難な人が、実際のビジネスでブロックチェーンを導入しやすくなります。
加藤:企業がパブリックブロックチェーンを活用する上ではさまざまな問題点があると言われていますが、VeChainは現実的なアプローチをしているわけですね。
ToolChain:
Joy:続いてToolChainになります。ToolChainは、実際のビジネスとブロックチェーンの中間に位置付けられるミドルウェアになります。
企業が実際のビジネスにブロックチェーンを導入したい場合、ビジネスのアプリケーションをブロックチェーンに絡める開発ハードルは大きいです。特に、ブロックチェーン技術のことがまったくわからない場合はなおさらです。ToolChainは、ビジネスへのブロックチェーンの実装を容易にします。
特にサプライチェーンの分野では、VeChainは数多くのブロックチェーン導入に関わってきた実績があります。
そのため、私たちには「このビジネスの問題を解決するためには、このようなものはどうか?」「このような仕組みが必要ではないか?」ということがわかります。例えば、特に大規模な開発をしなくてもToolChainのポータルサイトに用意された標準規格を利用することによって、簡単に商品や流通過程のデータ入力ができるようになります。
加藤:つまり、ToolChainのメリットとは、用意された標準規格を使って企業が容易にブロックチェーンを導入できるようになるということですね?
Joy:その通りです。先程のサプライチェーンの場合でいえば、ポータルサイト上で商品や倉庫の情報などを入力するだけで、情報をブロックチェーンにアップロードすることができるようになります。もちろん、これはやり方次第です。
また、ToolChainでは、ポータルサイトだけでなく、情報を入力するためのアプリや、一般消費者向けのアプリも用意します。一般消費者のアプリでも、QRコードをスキャンすることによって、商品のすべての情報をWebページから確認することができるようになります。
このような仕組みを作ることで、一般消費者向けに高い付加価値をアピールできるようになります。ありがたいことに、その点は顧客から評価されています。
加藤:非常に現実的なアプローチですね。
Joy:また、ToolChainの標準機能にプロセスがあります。先程のサプライチェーンで話すと、例えば魚介類とアパレルでは、それぞれ流通の仕方が違います。そこで、ToolChainには様々な種類の商品プロセスが組み込まれています。
企業にとっては、ブロックチェーンを活用することで、自分たちのビジネスをどのように向上させられるかが分からない場合がほとんどです。
そこで、私たちがプロセスを示すことで、企業がブロックチェーンを導入しやすくできるメリットがあります。これができるのは、VeChainが今まで様々な導入事例を作ってきたからになります。
Amazonには企業が商品を販売するための標準化されたテンプレートがありますが、私たちには企業がブロックチェーンを導入しやすくするための似たような仕組みがあるということです。標準化されたテンプレートがあることで、企業は効率改善の目処を把握しやすくなるメリットがあります。
加藤:それは企業にとってありがたいですね。ここまでは、標準機能の話になりますが、もし標準機能にない要件がある場合はどうするのでしょうか?
Joy:標準機能で対応しきれないものがある場合、開発者に向けたツールを用意しています。APIやSDKです。開発者はAPIに接続してしまえば、データをブロックチェーンにアップロードすることができるようになります。また、企業の要望により、必要に応じて新たな標準機能を作ることもあります。
おかげさまで、ToolChainを評価する声がよく聞かれます。既に導入事例があることにより、ToolChainが用意するプロセスを信頼してもらうことにもつながっています。
パートナー:
Joy:まだあります!
加藤:盛りだくさんですね!次は何でしょうか?
Joy:私たちのチェーンの強みもう1つの要素は、私たちのパートナーです。DNV GLは、ISO9001などの国際標準の認証を行っています。例えば、ToolChainを通してブロックチェーン上にデータがアップロードされたら、DNV GLが認証を行うということができるようになります。
また、PwC Chinaとも親しい関係にあります。ブロックチェーンはデータの認証や保証が付加価値になるわけですが、彼らの保有リソースを活用することで、データをビジネスに有効活用することができるようになります。
このように、VeChainではエコシステムのお互いのリソースを活用しながら、パートナー企業とビジネスを推進していきます。
後編へのつなぎ
前編では、主にVeChainの企業体制や、企業にパブリックブロックチェーンを利用してもらうための考え方、そしてそのためのツール群について見ていきました。
後編では、なぜ企業がブロックチェーンを導入できないのか、そして既に先行している事例について伺っていきます。